助成先訪問 No.002
家庭訪問から始まる支援 彩の国子ども・
若者支援ネットワーク
(通称:アスポート)

訪問日 2023年10月19日

「家庭訪問」から始まる支援

埼玉県内24市23町村で生活困窮世帯の子どもたちに、105教室で学習支援を行っている彩の国子ども・若者支援ネットワーク(アスポート)。その最大の特徴は「家庭訪問」から始まる支援だということです。
2010年9月、生活保護受給者チャレンジ事業としてスタート。生活保護受給世帯の中学3年生を対象に、ケースワーカーと支援員がご家庭を訪問し、暮らしの様子を確認しながら、まずは子ども、保護者と信頼関係を築くことを目指しました。子どもと会話し、自宅で一緒にノートを開いてみて、そのあと学習支援教室に誘うという流れです。
なぜ家庭訪問が大事なのでしょう?
「しんどい家庭が多すぎるんです」

アスポート

全体研修の様子(会場:さいたま共済会館)

アスポート

講師:猪野塚容子様
(富士見市子ども未来応援センター)

代表の土屋匠宇三さん(38)は言います。対象世帯の8割が母子世帯。パート、アルバイトなどで収入は少なく、ダブルワークをしている親も少なくありません。給食がない夏休みには三食食べられずに体重が減ってしまう子もいます。外国籍や精神疾患などの事情を抱えた親もいます。こうした場合、親を責めるのではなく、励ましてお手伝いをすることが大切になります。
子どもたちの学力にも課題があります。7〜8割が学校の学習についていけず、小4の問題を解かせると20点台。中学校の英語や数学は、設問の意味がわからない状態です。いきなり「支援教室で勉強しよう」と誘っても拒否されてしまいます。
支援員たちは家庭訪問で、子どもに「今一番興味があること、大事にしていることは何?」などと話しかけ、その子の生活や背景について知る努力をします。その後で、子どもが解けるレベルの問題を小出しにして、少しずつ学びへの抵抗を減らしていきます。

研修会でスキルをブラッシュアップ

30人で始まった支援員は、いま190人に増えました。毎日の家庭訪問ですり減った心身をリフレッシュし、支援の羅針盤となる専門知識を得るために、年数回の全体研修を行っています。今回「樫の芽会」の助成金を得て、益々充実させました。
10月18日は約100人が参加し、市役所の虐待担当の職員で、富士見市子ども未来応援センターの猪野塚容子さんから児童虐待対応について話を聞きました。虐待は「密室」の中で起き、密室のままでいることで悪化していきます。密室とは他者とつながりがなく孤独、孤立した状態。猪野塚さんは「通告することや支援者が介入することは密室を解消することにつながります」と話し、行政や教育機関がアスポートの支援員らと連係して、子どもの安全な場所を守る重要性を指摘しました。
猪野塚さんは、夜間に子どもたちを置いてお母さんが遊びに行ってしまう家庭をアスポートの支援員が見つけ、行政につないだ事例を紹介し、「行政の手が回らない時間帯を、支援員がカバーしてくれた。子どもを中心にしたアスポートの介入は保護者の反発が少ない。学習支援以上の支援をいただいている」と感謝を述べました。

グループ・ディスカッションで共有

猪野塚さんの話を受け、小グループに分かれてのディスカッションでは、それぞれが抱えている困難なケースについて、率直に話し合いました。参加者の一人は「悩みを共有し、解決への糸口を得られた。またがんばれます」と笑顔になりました。研修の内容は録画し、参加できなかった人とも共有します。
今年度はほかに、全体研修で「生活保護」「特別支援教育」、エリア別研修で「個人情報の取り扱い」「教材利用と著作権」「学習支援における家庭訪問」「子どもとの接し方、傾聴」「県立高校入試の制度と支援方法」を取り上げる予定です。

アスポート

グループ・ディスカッション(右から2人目が土屋代表)

アスポート

グループ・ディスカッション

インタビュー

土屋 匠宇三 代表理事

「子どもの家まで行って、
五感で感じることが決定的だった」
土屋 匠宇三 代表理事インタビュー

商業高校を出て一度就職し、教育について学びたいと埼玉大学に入学、「児童文化研究会」というサークルに入りました。学生主催で毎週土曜日、公園で学生が地域の子どもたちと遊ぶ。鬼ごっこや缶蹴り。昔ながらの体を使った遊びです。会費は月300円、月1回の保護者会があるんですが、親の都合で来たいけど来られなくなる子がいた。子どもたちが、親の協力なくしては社会活動に参加できないのはおかしい、と違和感が残りました。
大学院に進み、貧困や生活状況と学習の相関について研究を始めました。
指導教官が「ここに行けば全部わかる」と指示をくれたのが、アスポートとの出会いです。私がそれまで見てきたよりはるかに厳しい現実があった。親がアルコール依存症や精神疾患で、親らしいことをしたいけどできない。見てしまったら関わらざるを得ない、と修士課程の2年間はボランティアで参加し、2013年にアスポートに入職しました。家まで行って五感で感じるという過程が決定的でした。
今すぐ関わらないと、という子がたくさんいます。一方で、いつも学び続けないと実践に埋没して、どっちに行ったらいいかわからなくなる。世界で何が起こっているのか、子どもたちがどういう生活をしているのか、研究生活で得た視点で実践の中で学びを続けています。
子どもたちには「あんまり親にはとらわれないで、あなたができるようになるしかない。そのために周囲の大人を頼ってね」と伝えています。教えるという営みを通して「あなたのことを知りたいよ」「あなたのことを大切にしているよ」と子どもたちに伝えていくのがアスポートの役割だと思っています。

支援員インタビュー

関口 いづみさん(62)

関口 いづみさん(62)

前職は立教大のボランティアセンター。アスポートに行った学生が大きく成長する姿を見て、定年退職を機に支援員になりました。
先日、「バイトが忙しい」とほとんど教室に来なかった生徒から、「高校を辞めたい」と打ち明けられました。話を聞いていくと、「歯科衛生士になりたいから、通信教育でがんばる」と言います。進学の支援制度がいっぱいあるよ、と伝えるとホッとした表情になりました。「お母さんにも相談できない」という悩みを受け止められると、こちらも嬉しくなります。
家庭訪問では大掃除から始めることもあります。雨戸を閉め切り、電気が止まった家で、懐中電灯を頼りにごみを出そうとして、転んで腰を打ったこともありました。
教育の力を信じて、大変だけど嬉しいって思える気持ちを日々持てるのがありがたいです。

池田和樹さん(28)

池田和樹さん(28)

大学の教職課程で、アスポートの活動を知り、ボランティア登録しました。子どものどんな言動も受け止めることを心がけています。無視しない。攻撃されても仕返さない。忍耐は得意なんです。
中1からつまずき、「英語は5分もやりたくない」という中3生がいました。最近、進路について考えるようになり、自分から「英語を教えて」と言い始めた。教えて解けるようになったら、「ずっと長い間、せまいところにいたのが、解放された気がする」と言ったんです。うれしかったなあ。
つらいのは、なかなかつながれないケース。連絡がつかなかったり、約束を当日キャンセルされたり。前に進めない時間にもどかしさが募ります。
私自身、言語化が苦手でしたが、子どもとは雑談しないと間が持たないので、よく話すようになりました。
粘り強く、あきらめず、淡々と家庭訪問を重ねていきます。

一般社団法人彩の国子ども・若者支援ネットワーク(アスポート)

創 設
2010年9月
代 表
土屋匠宇三
開催場所
埼玉県内24市23町村
小学生教室10カ所、ジュニア・アスポート教室11カ所、中学生教室43カ所、高校生教室45カ所
対 象
生活保護受給世帯、就学援助受給世帯、児童扶養手当受給世帯など約2000人。支援員が家庭訪問をのべ1万2634回行い、1456人が学習教室につながった(2022年度実績)

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