助成先訪問 No.006
無人駅の旧駅長室に灯る子どもたちの希望
寺子屋シアン
訪問日 2024年10月21日
岐阜県内を走るローカル線樽見鉄道、神海(こうみ)駅。無人駅の旧駅長室に夕方ポッと灯がともります。寺子屋シアンの開講です。
午後4時47分、大垣行きの列車で北部の根尾地区の中学生が到着。地元の人が手作りした岐阜県の民芸品「さるぼぼ」や折り鶴のモビールが天井から下がった温かい空間で、持って来たワークなどを広げます。その後、近隣の子どもたちが1人、2人と集まってきました。2卓のダイニングテーブルに分かれて座り、支援員が横について宿題やテスト勉強をサポートします。
中山間地の「教育環境格差」解消へ
「昨日は運動会だったから、だるいー」と机に突っ伏す子を、「そうかー、疲れたなあ」と支援員がまずは受け止め、タイマーをセットして学習をスタートさせました。
寺子屋シアンは2022年5月に開講しました。神海駅近くの外山小学校は全校児童32人(2024年10月時点)の小規模校。代表の河合達郎さんは本巣市の地域おこし協力隊員となり、中山間地の保護者から、「車で20分いかないと学習塾がない。夕方の忙しい時間に送迎は難しい」という悩みを聞きました。文部科学省の「子供の学習費調査」(2021年度)によると、全国の公立中学生の70%が塾に通っています。今や塾は進学に不可欠な「インフラ」。中山間地の子どもたちにも学校外の学習機会を保障し、地域間の教育格差をなくしたい。そんな思いで開講したそうです。
沿線3学区の子どもたちの居場所に
通ってくる子どもたちは小学6年生から高校2年生までと年齢幅が広く、集中できる時間に差があります。学習にメリハリをつけるため、1時間半が過ぎたころに一斉の休憩時間を設けています。お菓子などを囲んでのおしゃべりで、違う学区や学年の子と仲良くなるきっかけにもなっています。
宿題やテストの結果に応じたポイント表を作り、たまったポイントで好きなお菓子を“買い物”できる仕組みも作りました。地域には「駄菓子屋」もなく、その代わりでもあります。
また子どもたち一人ひとりに専用の「学習・宿題ファイル」を作り、寺子屋でやったことを記録したり、プリントをはさんだりできるようにしました。子どもたちが自分で学習の進み具合を意識化できるように工夫を重ねています。
生徒も仲間も集まり、寺子屋も育ってきました
活動は3年目に入ったところですが、支援員、利用者ともに広がりを見せています。地元の若手林業家、ケーブルテレビ局のキャスター、隣接自治体に住む大学生が定期的に学習支援に入ってくれるようになりました。開始当初は中学生4、5人だった利用者も、23年秋からは高校生に広がり、いまでは合わせて12人が通っています。最近は子どもたち同士で教え合う姿も見られるようになりました。不登校気味の子や外国にルーツのある子もいて、多様な子どもたちが「切磋琢磨」し合う交流が、山あいに少しずつ育っています。
インタビュー
「ここで生まれてよかった」と思えるように
代表 河合達郎(かわい・たつろう)さん(37)インタビュー
11年間務めた新聞社を辞めて、出身地岐阜市の隣、本巣市で地域おこし協力隊員になりました。政治部で働いていたんですが、東京で「地方創生」と書いている自分と、地元を離れた自分が乖離しているような気がして、地方で手足を動かしてみようと思ったんです。
当初は学習支援をしようとは思っていませんでしたが、「学習塾が近くにない」という悩みを聞いて、「外山小学校の校区内に作ろう」と思い立ちました。ちょうど、コロナ禍で神海駅のサロンスペースが使われていなかった。樽見鉄道と本巣市に相談し、学習支援事業の寺子屋として使わせていただくことにしました。
中山間地の子どもたちの方が、自宅同士が遠かったり、集まる場所がなかったりで、放課後一緒に遊べていない。学校でも家でもない「第3の居場所」がないことも気になっていました。
パソコンを置き、オンラインの教材があれば塾は成立すると思っていましたが、甘かった。子どもは自分が何をわかっていないのか、どの教材が自分に必要なのかわからなかったんです。結局、人が横に付いて教えることが大事だとわかりました。山あいなので、支援員の確保にも苦労があります。幸い若手林業家や地元のケーブルテレビのキャスター、中京大・岐阜協立大生らが定期的に支援員として入ってくれていますが、学習日を増やすことは難しい状況です。
24年3月で地域おこし協力隊の任期が終了し、行政からの支援はなくなりました。基盤強化のために、一般社団法人山学(やまなび)を立ち上げ、寺子屋シアンの運営を引き継ぎました。市も今後の支援のあり方を模索してくれています。何事も勢いで始めることができても、続けるのは難しいと痛感しています。
手応えを感じたのは、3つの学校区から子どもたちが通ってくるようになったことですね。普段顔を合わせない子が、シアンで一緒に勉強する様子を見ていると、縦・横の繋がりや狭くなりがちな人間関係の外からの刺激が生まれて、良かったなと思います。
「教育」と「地域づくり」の間に光を当てることが大事。人が減っていく地域の子どもたちが、幸せを感じられるようにしたい。大人になって振り返った時に、無人駅の旧駅長室のぬくもりのある空間で勉強したことを思い出し、自分の生まれ育ったところはいいところだったと思ってもらえるように、活動を続けていきたいです。
河合さんに逢って、
その日のうちに「シアンに行かせてください」と参加
学習支援員 西瞭昭(にし・りょうしょう)さん
(19:岐阜協立大学経済学部2年生)インタビュー
1年前、大学の授業に河合さんが来て地域おこし活動についてお話を聞き、その日のうちに「シアンに行かせてください」と支援員に参加を決めました。もともと子どもと接するのが好きでしたし、就活の時に聞かれる「学生時代に力を入れたこと(ガクチカ)」ができるな、と考えました。
小・中学生の算数をメインに教えています。面白くて勉強が身につくようにと心がけています。漢字の学習では、たとえば「教えを広めるために布を配ったから布教って言うんだよ」などと説明し、具体的なイメージを持たせたり、身近な実生活とつなげたりしながら、語彙を増やす工夫をしています。
子どもって「ちょっとやる気が出ない」という日がしばしばあります。無理にやろうとすると余計にやる気がなくなる子が多い。そういう時は休憩時間を決め、「あと1問だけがんばろう」などと声をかける。ゴールを決めて、メリハリをつけるようにしています。
教えられる側が理解できるように、わかりやすくおもしろくするにはどうしたらいいかをいつも考えています。支援員の経験を通じて、わかりやすく人に伝える力はレベルアップしたと思います。
寺子屋の魅力はみんなで集まって勉強するところ。家で一人で勉強するよりはピシッとするし、僕たちに進路の相談もできる。一方、僕にとっては童心に戻れる場所。子ども食堂で一緒にご飯を食べた後、鬼ごっこをして遊びました。
本巣市の南側の北方町の出身です。僕自身、小さいころ子ども同士の繋がりはあまりなかった。寺子屋シアンのある地域はコミュニティがしっかりしていて高齢者と子どもの繋がりはある。けど、子ども同士のつながりは、やっぱり少ないかなと思います。だから学年や学校を超えて子どもたちが集まる場所が必要で、この活動には大きなメリットがあると思います。
寺子屋シアン
(現・一般社団法人 山学)
- 創 設
- 2022年5月(2024年3月法人化)
- 代 表
- 代表理事 河合達郎
- 開催場所
- 岐阜県本巣市神海715−2 樽見鉄道・神海駅 旧駅長室
(シアンは、樽見鉄道の列車標準色であるシアン色から地元の方が命名された旧駅長室の愛称)
- 開催日時
- 毎週月・水・木 17:00〜20:00
- 対 象
- 本巣市北部の外山、根尾、本巣校区在住の小学生〜高校生12人
- 学習支援員
- 6人(不定期含む)